=キッチン=


 オレは料理をするひーちゃんの後ろ姿が好きだった。
 手際よく動く手元。
 長めの襟足から覗くうなじ。
 時より見える横顔。
 広い背中。
 それらのどれもが好ましく、わざとテレビの音量を大き目に設定してそれを見ているふりをしながらずっとその背中を見つめる。
 今日のメニューはカレーライス。それぐらいはオレにでも作れるのだが、手伝う気持ちは微塵もない。理由はもちろんわかるだろ。
 何気ない幸せ。


 しかしその大好きな時間も場所が変わるとまた別だった。
 オレの家のキッチンはカウンター式だった。そのカウンターの中で今、ひーちゃんが料理している。カウンターの内側にコンロやら流しやらが着いているため、当然そこへ向かうひーちゃんはキッチンカウンターに隣接しているリビングへ身体が向くわけで。
 手際よく動く手元(カウンターに隠れて見えない)。
 長めの襟足から覗くうなじ(こちらを向いているため見えない)。
 時より見える横顔(大抵正面を向いている)。
 広い背中(当然だが見えない)。
 それより何より。
 いつもは見えないひーちゃんの黒い瞳がこちらを向いている。気にしない素振りでテレビを見ている(ふりをしている)オレを不躾なほどジロジロと見てくる。その視線にたまらなくなり、オレはとうとうひーちゃんに言った。
「…なんだよひーちゃん、あんまジロジロ見んなよな」
「え?」
 あ、ゴメンと言ってひーちゃんは軽く頭を下げた。
「でも、さ」
「?」
「いつもと違って、料理しながらも京一の姿が見えるだろ。なんかそれが嬉しくってさ」
 見るのやめられないかも。
 そう言ってにっこりと微笑むひーちゃんに、オレは何も言うことができなかった。
 バカップルかよ、オレたち。
 何やら無性に恥ずかしく、オレはひーちゃんから視線を反らした。